【映画レビュー】「コンタクト」(1997)【ネタバレ感想考察】

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人間しかいなかったら「スペース」が勿体無い

KOX
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今回は1997年公開のSF映画「コンタクト」をレビューしマス。

筆者評価は★4.3

主演:ジョディ・フォスター/マシュー・マコノヒー

監督:ロバート・ゼメキス

バック・トゥ・ザ・フューチャーで知られるSF映画の巨匠、ロバートゼメキスが

SF文学・科学界の巨匠カール・セーガンの同名小説を映画化した本作。

超壮大なスケール感の中に、人間・宗教・化学・政治・哲学といったあらゆる文明が羅列され、結果主人公本人という、銀河から見て超極小の小さき生き物に全てが集約します。

名言も多く、97年の作品ながら息を呑むような演出とリアルな大衆の反応が素晴らしい。傑作です。

▼主演のジョディ・フォスターは「羊たちの沈黙」のクラリス役も務めました。

▼パーマー役のマシュー・マコノヒーは「評決のとき」で主演を務めました。

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ざっくりあらすじ(ネタバレ)※かなり端折りますが今回長いです

エリーは父親と共に無線で周波数を変え、出てくれた誰かと話す遊びに夢中。今日はペンサコーラの男性と繋がりました。

ある流星群が降る日、望遠鏡を構えたエリーは父親をバルコニーから呼びます。「パパ早く!」

下でガシャンという物音がし、エリーが見に行くと、父親が倒れていました。持病の心臓病が発作を起こしたのでした。

父親は帰らぬ人となってしまいます。母親も幼くして亡くしているため、一人に。

時は流れ、エリーは天才的な頭脳によって天文学者に。アレシボ天文台へ配属となります。

専門研究は「宇宙人とのコンタクト」。しかし誰しもがまともに取り合いません。

天文台近くのカフェで、牧師のパーマーと仲良くなったエリー。一夜を共にします。

そんなエリーに「アレシボ天文台の予算を半減するため、宇宙人とのコンタクトの研究の打ち切りをする」という知らせが入ります。

失意のエリーですが、ニューメキシコ州の研究施設であれば可能性があると助言を受け、ニューメキシコ州へ向かいます。

4年間、来る日も来る日も砂漠へ向かい、宇宙の「音」を探る日々。

「砂漠の音を聞く奇妙な女」と馬鹿にされながらも続けていたところ、ついに音をとらえました。

音の出どころは琴座の「ヴェガ」。音を解析すると、それはどうやら素数を表しているようです。

「素数は、意図がないと生み出せない。知的生命体がいる証拠だわ」興奮が募るエリー。

この情報は世界に発せられ、大混乱となります。

解析を続けると、映像データも送られてきていることがわかります。

解析するとそれは、ヒトラーのベルリンオリンピック開催宣言の映像でした。

宇宙人に政治的意図はないと主張するエリーですが、これまた世界に物議を呼びます。

さらに解析を進めると、映像には凹凸があり、この凹凸を2次元的に横から見ることで画像となっていることがわかります。

そのデータは「何かの設計図」でした。

この設計図を組み立てるか否か。世界決定で5000億ドルを投じ、組み立てることとなります。

ついに完成した装置ですが、乗れるのは一人だけ。

選抜委員会が組織され、「人類を代表するのは誰にすべきか」を話し合います。

最終選考まで残ったのは発見者のエリーと、その上司ドラムリンでした。

最終弁論で、牧師のパーマーが「神を信じますか?」と発言。実証主義を取るエリーは「自分で見たものしか信じません」と発言。

その後ドラムリンが、「人類の95パーセントがなんらかの神を信じている。宇宙人と会うのに、無心論者をいかせてはならない」と発言し、エリーは落選してしまいます。

ドラムリンが乗り込むことになった当日。キリスト教過激派の自爆テロに巻き込まれ、装置もろとも全てが破壊されてしまいます。

失意のエリーですが、実はもう1基、秘密裏に制作されていたことを知ります。

それは北海道の海上にありました。ドラムリンのいなくなった今、エリーが向かいます。

乗り込んだエリーは超電磁場の中へ。ワームホールを通ってヴェガへ。ヴェガに到着したエリーは、そこで父親と会います。

父親は、ヴェガ人がエリーの記憶から「話しやすい姿」を選んで投影したものでした。

ヴェガ人とのコンタクトを果たしたエリーは、地球へ帰ってきます。

エリーはおよそ18時間の旅をしたはずでしたが、地球上ではエリーの乗ったポッドはまっすぐ下に落下しただけで、閃光によって見失った時間はおよそ1秒以下でした。

エリーのつけていたカメラはノイズがひどく何も撮れていません。証拠となるようなものも何も持っていません。

エリーは必死に自分の体験を話しますが、信じてもらえません。

しかし、大統領補佐官があることに気が付きます。「ノイズがひどく何も写っていないが、録画時間は18時間になっている。」

エリーは研究を続けます。

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オッカムのカミソリ

本作でのキーワードとなる「オッカムのカミソリ」。

オッカムの剃刀(オッカムのかみそり、英: Occam’s razor、Ockham’s razor)とは、
「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針。
もともとスコラ哲学にあり、14世紀の哲学者・神学者のオッカムが多用したことで有名になった。様々なバリエーションがあるが、20世紀にはその妥当性を巡って科学界で議論が生じた。「剃刀」という言葉は、説明に不要な存在を切り落とすことを比喩している。

つまり、実際のところ、真実は単純であり、ガタガタと多くの情報が乱立された状態にはないということ。

僕は本作の主なテーマはここにあると思います。

①神は居るのか

本作ではたびたび、神を信じるかどうかについての話が出てきます。

牧師のパーマーはもちろん神を信じています。しかしエリーは「実証主義」をとっているため、データがないものは信じません。

しかし、エリーは宇宙船でヴェガへ向かっている際、心の声として「神様!!!」と叫んでいました。

これも答えは単純で、「神が存在するかどうか」ではなく、「神を信じることで神は存在する」のです。

これはどの宗教にも共通します。神が存在するかどうかは重要ではなく、真実は「神を信じること」だとわかります。

②エリーを裏切るパーマー

搭乗員選抜会の最終弁論で「神を信じますか?」という質問をしたパーマー。

エリーが無神論者であることを知っていての質問です。

これによりエリーは落選してしまいます。

「どういうつもりなの?」と聞かれたパーマーは、世界中の人が信じているものを「存在しない」という人を、地球の代表には選べない。と説明します。

しかし、後になってパーマーは、エリーを失うのが怖かったから、落選させたと説明します。

これもオッカムのカミソリが適用できます。

色々と言い分けたらしくゴタクを並べているけど、結局「エリーを失いたくない」という単純な真実がそこにあるだけです。

科学によって神の存在を否定するエリーと、牧師として神を信じ肯定するパーマー。

この二人も結局、真実は「愛し合っている」というただそれだけに集約されます。

③エリーの体験

エリーが宇宙船でした18時間の体験は、客観的に観測することができません。

証拠がないからです。

これに対してエリーは体験を詳細に話します。すると「オッカムのカミソリを知っているかね?」と尋ねられます。

つまり、真実は「君はヴェガになど行っておらず、全て妄想だった」だけではないのか。ということです。

これによりエリーは自分さえ疑い始めます。もしかすると妄想だったのかもしれない。

「妄想かもしれないと思うのなら、なぜはっきりとあの体験は嘘だったと言えないのか!」と言われたエリーは

できないからです。私という存在が、全身全霊であれは真実だったと言っているからです」と涙ながらに主張します。

これは、オッカムのカミソリ返しで、「真実だと自分が思うから真実なんです」という真実に帰着しています。

このように、本作は非常に様々な情報が交差し、考えが交差しますが、全ては単純な解に辿り着いていることがわかります。

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ヴェガ星人の目的は?

ヴェガ星人は人間に対して宇宙船の設計図を送っておきながら、やっとの思いで到着したエリーに対して、5分ほどの会話で「もう帰りなさい」と言います。

「また会いにきてもいいの?他の人類も連れてきていいの?」と聞くと

「僕たちは10億年間、こうやって宇宙中の存在にコンタクトをとってきた。ゆっくり、少しずつにしよう」と言い、エリーを地球に送り返してしまいます。

ヴェガ星人の目的とは一体何だったのでしょうか。

10億年続けてきているということは、これまでにヴェガ星人とコンタクトをとってきた宇宙人たちは友好的であり、かつその存在にプラスとなる行動だったからだとわかります。

そもそも、得体の知れない生命体から送られてきた設計図を完成させることは、送り主を「信頼」することです。

大切なのは、「ヴェガへと来た」というその事実です。

得体の知れない、宇宙の住人を信頼し、行動したこと。

宇宙には、信頼を寄せられ、愛を共有できる存在が他にもいると知ること。

かつ、それぞれの存在がどれだけ小さく、どれだけかけがえの無いものかを知ること。

ヴェガ星人は、これを啓蒙するため活動しているのかも知れません。

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映画「メッセージ」との共通点・相違点

映画「メッセージ」はアカデミー賞も受賞している名作。

本作は突然UFOが地球に降り立ち、言語学者の女性がエイリアンからの言語を解読し、時間の捉え方を2次元的ではなく多次元的に捉えるようになるという本作。

エイリアンとのコンタクトを経て、「真理」的なものを手に入れるという点で類似しています。

良作ともエイリアンと戦うわけではなく、対話するわけです。

相違点としては、接触の仕方が挙げられます。「コンタクト」では人間が他の惑星へ向かっており、「メッセージ」ではエイリアンが地球へやってきます。

加えて、「メッセージ」ではエイリアンとの接触を経て「過去未来を現在として捉える新しい時間解釈」という、いわば特殊能力を得ます。

これにより主人公の女性は、いずれ生まれてくる自分の娘が癌に犯され亡くなってしまうことをわかっていながら、子供を産むようになります。

この運命を知った上でそれを受け入れ、「現在」を精一杯生きる。ということが主題でした。

しかし「コンタクト」では、特殊能力は得ません。ただただエリーの心が「豊か」になっただけです。

どちらも、「地球・人間・自分」を俯瞰でとらえ、愛や思想・宗教を考えさせられる名作です。

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まとめ

fox sticking it s tongue
Photo by Pixabay on Pexels.com
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今回は「コンタクト」をレビューしまシタ。

ジョディ・フォスターの演技が良すぎるからか、非常に多くのことを考えさせられる作品となっていました。

宇宙旅行と異星人との交流という突飛な内容のようにも思えますが、登場人物らの反応や、世界の動きが非常にリアルで、どんどんと入り込むことができました。

ぜひ一度は見てみてほしい作品です。

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