戦争が与える影響は数世代にまで
今回は、2011年公開のSF・スリラー映画「トランス・ワールド」を考察します。
製作費50万ドルという安さながら、出演している俳優の演技力は抜群で、テンポも良く良作となっています。
時空間を超えてのストーリー展開になっていながら、根底にあるテーマは「戦争の残す影響」。この記事を書いている現在2022/3はロシア-ウクライナ間戦争が勃発している真っ只中。
また1つ、映画からのメッセージを重く感じました。
ざっくりあらすじ(ネタバレ)
強盗のジョディが彼氏と一緒にコンビニに押し入ります。
店主に銃を向け、奥にある金庫を開けるようにけしかけますが、店主は「君の望むようなものは入っていないよ」と返事。
腹を立てたジョディは引き金を引いてしまいます。
場面変わって森の中。サマンサは疲れ果てていました。歩いていると小屋を発見。その小屋には先客「トム」がいました。
小屋に電話はなく、壊れた無線機器だけ。食料も少しの穀物だけ、水も十分にはありません。
とにかく外は氷点下になるため、小屋で暖を取ることにします。
あるとき小屋の外に、金髪の女性が倒れているのをサマンサが発見。それはジュディでした。
サマンサとトム、ジュディの3人は、なんとかして森から出ようとします。しかしどこまで歩いても小屋に戻ってきてしまいます。段々と不穏な雰囲気に。
その後、なんでもない会話から、それぞれの時代認識がずれていることに気が付きます。サマンサの認識では現在は1962年、ジョディは1984年、トムは2011年の認識なのです。それぞれ20〜30年のずれがあります。
これにより、それぞれが別の時代から集められたことがわかります。
その後ハンスというドイツ人兵士と接触。このハンスという兵士が、ジョディの持っているネックレスを見て激昂します。「なぜそれを持っているんだ!」
蓋を開けてみれば、ハンス、サマンサ、ジョディ、トムの全員がこのネックレスを持っていました。
これにより、この4名は血縁関係があることがわかります。ハンスが戦死したことにより、サマンサ・ジョディ・トムの人生が狂ってしまったことがわかり、なんとしてもハンスを救おうとします。
3人は命を落としながらもハンスを救うことに成功。過去が改変され、サマンサはジョディを無事出産、ジョディも真っ当な道を歩みます。これによってジョディはトムを産むことはなくなり、トムはこの世に生まれずに終わります。
終わり
バタフライ・エフェクト
バタフライ・エフェクトをご存知でしょうか。
1匹の蝶の羽ばたきが、めぐりめぐってトルネードにまで発展する。というカオス理論の一つです。
他の事象で例えるのなら、少年が何の気なしに選んだボールが、特殊な跳ね方をし、自転車の前に飛び出し、自転車がハンドルを切り、自動車がそれを避けようとし、コンビニに突っ込み、、のようなイメージ。
1つの事象が連鎖し、次々に事象を起こしていく。というのがバタフライ・エフェクトです。
この「トランス・ワールド」もその一種だと考えられます。
戦争によるハンスの死により、サマンサの母は再婚・その後事故死をしてしまい、サマンサは一人でお産に向かう必要がありました。これによりサマンサは命を落としてしまいます。これによりジョディは孤児となり、引き取られた先で虐待に遭い、悪の道へと落ちます。そして望まなかった子、トムを産んでしまいます。トムもまた孤児となり、神父から虐待を受けます。それを恨み、神父を射◯し、自分にも引き金を引いてしまうのです。
もし、ハンスが死んでいなければ、戦争がなければ、みんな幸せだったかもしれません。
戦争の影響は、その世代へのダメージだけではなく、その後の全ての世代にまでのぼるという事なんですよね。
今ウクライナで失われている命によって、今後数百年にわたってその傷を残すと考えると、とても重いメッセージに感じられました。
トムへの反出生主義的考え方
この映画で最も「美しい」エンディングは、おそらくジョディも子供を持ち、トムも幸せな家庭で生まれるという事でしょう。
しかし、ラストでトムは生まれません。というより、そもそも妊娠をしません。
反出生主義的考え方をすると、トムは元々望まれない子。トムは生まれてこないことが最も幸せなのです。
「この世に生まれること=幸せなこと」と考えるのは、そう思える人生を過ごしてきた人間のいうエゴ。
トムは生まれながら母親が◯人犯であり、孤児。神父から虐待・性的虐待を受け続けてきました。
そんなトムの最も幸せな道は、「産まれないこと」なのです。
この考え方は多くの場合、認められません。生物としての本能と相反する考え方だからです。
しかし人間というのは、生物で唯一、自◯をする生き物。産まれない・産まない選択肢をするというフェーズにまできているのだと思います。そんなメッセージさえ感じさせました。
金庫の中身はなんだったのか
映画冒頭、金庫を開けろというジョディに「君の望むようなものではない」と開けなかった店主。
実は映画終盤では、ジョディではない他の女性が、またこのコンビニに強盗に入り、金庫を開けるように要求。また店主は「君の望むようなものは入っていない」と開けません。
この、金庫の中身はなんだったのか。という問題。
僕の考えでは、金庫に何が入っているかは重要ではなく、あの場で、引き金を引くのか引かないのかが重要なのだと思います。
引き金を引くことで、もう後戻りができない。トムは生まれ、ジョディは処刑となります。
引き金を引かなければ、また違った結果が待っているかもしれません。
これもまた、バタフライエフェクトなのだと思います。
それにしても、あの店主が何かの「力」を持っていることは確か。神かあるいは悪魔か。なんらかの神格的存在出ることは確かです。
ジョディがかわいい
どうでもいいですが、ジョディ役のサラ・パクストンがかわいいです。
「セックス・エデュケーション」のエマ・マッキーのような雰囲気もありながら、アヴリル・ラヴィーンのようなロック感もあり、少女のような雰囲気もある。あまり見ないタイプの女優さんです。
見たところそこまで多くの作品に出ているようではないので、少し残念ですがまだ33歳ということで、今後の活躍に期待です。
まとめ
今回は、映画「トランス・ワールド」の考察でした。
単純なタイム・パラドクスもの、ミステリーものという枠にとどまらず、メッセージ性が強い作品でした。
途中でのドイツ人ハンスの登場により、言語が伝わらないことで場の緊張感が一気に高まり、スリラー映画としての見応えもありました。
埋もれていますが、かなりの良作だと思いますので、ぜひ見たことがない方は見てみてください。
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